双子誕生
手術室はとても慌しそうだった。それだけこのオペが緊急だということが理解できる。
手術台に乗り、寒い手術室で素っ裸になる。麻酔科の先生が麻酔の説明をしてくれる。
麻酔の前に、看護婦さんが「麻酔が利き易くなる薬を点滴にいれるね」と言った。
その薬が直接チューブに入った瞬間、お酒に酔ったように目が回りだした。
そして、麻酔を打つためにエビのように背中を曲げるように指示される。
1mもあるお腹でどうやって背中を丸めろと?自力では無理だよ!
助手の人と看護婦さんとの2人がかりで私を押さえつけ、私自身もなんとか頑張って背中を丸める努力をし、
背中に麻酔鍼が刺さり、一瞬背中が重たく感じたその瞬間、意識が無くなった。
以下、途切れ途切れの記憶。
・麻酔をしてからオペが始まるまでの間に「あ、今7時10分だ」と思う。
・手術用の大きなライトがつき、「今から手術を始めます」の声が聞こえる。
・途切れ途切れ、先生たちが話している声が聞こえる。
そして、赤ちゃんの泣き声が聞こえ、
「あぁ〜、どこの赤ちゃんが泣いてるのかなぁ・・・・・・。
・・・・・あれ?もしかしてあれは私の赤ちゃんか?」と朦朧しながら考えていた。
全身麻酔でもないのに手術の記憶も、出産の記憶も無いまま双子たちは生まれてきた。
長女誕生 2001.12月某日 19:29 2242kg 48cm
長男誕生 2001.12月某日 19:30 2266kg 48.5cm
そうそう、性別を聞かねばと思い、「性別は?」と聞くと助産婦さんが
「男×男です」と言う。
「エ?!」
上半身を起こしそうなくらい驚いた。予想性別は男×女だったはず。
すかさず、もう一人の助産婦さんが「男×女です!」と訂正。ビックリした。
双子たちは産湯に入れてもらい、タオルでタケノコのようにつつまれて私の前に一人ずつつれてこられた。
まずは娘。意識が朦朧として言葉がでない。
真っ赤な顔。どっちに似てるかなぁ?娘はすぐに助産婦さんに連れていかれてしまう。
(後でわかるが娘は危険な状態だった)
続いて息子。クシャクシャの顔で見た瞬間、ダンナそっくりだと思う。
助産婦さんが「お母さん、始めまして〜」と息子の手と顔を私の顔にあててくれる。
ホンワリと暖かく、まだ羊水でフニャニャの小さな手。
あぁ、この手で私のお腹を今までボコボコしてたんだと思うと、不思議な感触。
縫合が終わり、手術室を出たのが8時半。
手術室をでると、おじいちゃんとおばあちゃんになってしまった父と母のうれしそうな顔。
「おめでとう!」とピースする父。「かわいい男の子と女の子やったよ」と母。
やっと意識も戻り始め「あぁ、生まれたんだ」と思う。
病棟に戻るストレッチャーの上で子供たちがNICUに入院になったことを聞かされた。
理由は感染症の数値が高いこととやはり低体重な為。
NICUに入るのはある程度覚悟していたのでさほど気にしなかった。
子宮内感染症
手術が終わってもダンナはまだきていなかった。年末が一番忙しい会社だから仕方が無いけど・・・・。
看護婦さんが30分置きに血圧を測りに、1時間の置きにオロの交換にきた。ゆっくり寝ることができない。
昨晩からあまり寝ていないので眠いのか、それとも麻酔の影響か・・・。
ウトウトしかけると看護婦さんが来て、いろいろ話をしていく。
「やっと生まれたね」とか「NICUにはいってるけど、心配しなくていいよ」とか。
12時近くになってやっとダンナがきた。遅いよ、アンタ・・・。
「お疲れさん。大変やったな。」と労ってもらう。
すぐに看護婦さんがきて、先生から話があるのでNICUに来てくれとのこと。30分ほどして、ダンナが戻ってきた。
「どう?可愛かった?」と聞くと、ダンナが泣いているのがわかった。
「泣くほど可愛かったん?」と笑うと、ダンナが
「女の子(この時まだ名前は決まってなかった)危ないらしい・・・」と言う。
「なんで?!」ビックリした、小さいからNICUに入ったと思っていたのに。
「感染の数値がかなり高くて。お腹の中で汚れた羊水をたくさん飲んでて、肺に汚れた水が溜まってるらしい」
医学的な知識が無いので何がなんだかわからないけど、ダンナの様子で深刻なのがわかる。
「3日がヤマやって・・・。」
現実を認めたくなくて「先生は大げさに言ってるだけやわ」と自分に言い聞かす。
息子は比較的元気で大丈夫でしょうとのこと。でも全然喜べない。さっきまで嬉しさでイッパイだったのに
一気に地獄へ突き落とされた気分。
ダンナが帰っても眠れなかった。一人になるとドンドン不安になる。
娘の生命力を信じるしかない。それしかないとわかっていながらベットの上で寝ているしかできない自分が歯がゆい。
今すぐ双子たちに会いに行きたい!しかし、どうにもならず不安な夜が過ぎていく。
看護婦さんが何度も何度も血圧を測りに来る。
「頭痛いとか気分悪いとか目が回るとかしない?」と聞かれるので「電気毛布が暑い」と答える。「水も欲しい」と。
あとで聞くと、この時私の血圧は一気に100上がっていた。
意識が朦朧としていたのは麻酔のせいでなく、血圧のせいだったのかも・・・・
深夜1時半ごろ、看護婦さんがNICUから預かってきたというファイルをくれる。
それはNICUのナースと入院ベビーの親の面会ノートだった。
ベットに寝たままノートを開くと、保育器に入った双子の写真と看護婦さんのコメント。
「突然の帝王切開、赤ちゃんたちの入院、心配なことがたくさんあると思います。
NICUは赤ちゃんの集中治療室です。少し小さくて呼吸もまだしんどいので
ここに入院になりました。
大きな声で泣いて頑張っています。会いにきてくださいね」
そのメッセージを読んで涙がとめどなくあふれてきた。
不安で不安で仕方ないところに、なんだか救いの言葉を掛けられたように。
その夜は不安になるたびにそのノートを開き、子供たちの写真を眺め
「二人はNICUで元気に頑張ってるんだ。大丈夫、きっと元気になる!」と襲い掛かる不安を何度も振り払った。
背中に入っている麻酔のおかげか、術後の痛みはなかった。
傷の痛みより娘のことで不安で痛みを感じなかったのかもしれないが。
